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      <title>チーズケーキ・キッチン・チーズ</title>
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      <description>おいしいチーズやチーズケーキが食べたくてレシピあさってメモしてます</description>
      <language>ja</language>
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         <title>家紋ができた理由　１</title>
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日本ではどの家にも家紋があります。


庶民にいたるまで家紋をもつようになったのは江戸時代のことで、最盛期には1万2000以上もの家紋がありました。


当時、名字を名乗ることは禁止されていても、家紋をもつことは自由だった。


そのため、庶民は競うようにして家紋をつくったのです。


羽織や黒留袖など上等な着物に家紋を入れるのも、もともとは実用的な意図がありました。


家紋を入れておくと、だれのものかすぐにわかる。


盗難防止という意味があったのでした。

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         <pubDate>Wed, 09 May 2012 14:06:09 +0900</pubDate>
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         <title>印鑑の朱肉</title>
         <description>印鑑をつかう機会が、どんどん減っています。


銀行で預金をおろすのもキャッシュカードなら、宅急便などの受け取りもサインで間に合うようになりました。


しかし、大事な契約など、ここ一番ではやはり印鑑です。


鮮やかな朱の印をみると、ピッと身が引き締まるような気持ちがする。


印鑑に朱がつかわれるのは、昔から朱が尊い色とされているからといいます。


古代から、朱や赤は燃える太陽や火を連想し、神聖な色として重んじられてきた。


やがて朱や赤は、魔よけの色としても用いられるようになりました。


神社の朱塗りや、京都の平安神宮の赤い神殿、魔よけのダルマに朱や赤がつかわれているのも、そういう理由です。


だから印鑑の朱も、おめでたい色、魔よけの色ということでつかわれるようになり、その習慣がいまでも残っているのです。


ちなみに、「朱に交われば、赤くなる」という言葉があります。


「悪い仲間と付き合うと、自分まで染まってしまう」という意味でつかう人が多いでしょう。


しかし本来の意味は、悪い仲間ではなく、反対に、尊敬できる人たちと付き合うとその人の徳も高くなるというものだったのです。
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         <pubDate>Tue, 10 Apr 2012 14:02:57 +0900</pubDate>
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         <title>忘年会　２</title>
         <description>
現在のような忘年会が年中行事化してきたのは、明治時代以降のことです。


最初に忘年会を開いたのは、東京に集まっていた学生と官僚だった。


学生たちは年のはじめは郷里に帰省しているため、友人どうしでは集まりにくい。


そこで、暮れのうちに飲み会を開くようになりました。


また、官僚のほうは、ボーナスがでるようになっていたこともあって、年の暮れに仕事納めの意味をふくめて、みんなで飲もうということになったようだ。


学生と官僚という当時のエリート層がはじめたこともあって、忘年会は新しい年中行事として定着していった。


「忘年会」という言葉が最初につかわれた小説は、夏目漱石の『吾輩は猫である』(1905・明治38年)だといわれる。


特別な注釈もなく、この言葉は登場してくるから、そのころには一般的な言葉になっていたようだ。


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         <pubDate>Fri, 16 Mar 2012 14:02:42 +0900</pubDate>
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         <title>忘年会　１</title>
         <description>
国税庁の統計によると、一二月に入るとアルコール類の売り上げは一挙に倍増する。


といえば、みなさんにも覚えがあるでしょう。


盛大に忘年会が開かれ、おおいにアルコール類が消費されるためです。


忘年会は日本独自の行事です。


英語にもフランス語にもドイツ語にも「忘年会」にあたる単語はなく、欧米では年の暮れにはクリスマス行事がしずかに行われるだけで、とくに年末だからといって大騒ぎする習慣もない。


日本では鎌倉時代のころから、「年忘れ」と呼ばれる会が年末に催されていました。


ただし、この会は連歌を行うような優雅な式典で、どんちゃん騒ぎをするいまの忘年会とはまったくイメージがちがう。


江戸時代に入ると庶民のあいだで、一年間の苦しみを忘れて、楽しく飲もうという趣旨の会が開かれるようになりました。


親しい者どうしが酒を酌み交わし、一年の憂さをはらせば、旧年中の厄を落とせるという考え方があったのです。


いっぽう武士は、新年会を開いていたため、この時期には年忘れは行っていなかった。


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         <pubDate>Tue, 21 Feb 2012 14:01:32 +0900</pubDate>
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         <title>お歳暮</title>
         <description>11月になると、早くもお歳暮の売り出しがはじまる。


一足早い歳末商戦のゴングが鳴るのです。


この時期、デパートでは揮毫士と呼ばれる人たちが大活躍する。


たいていは、習字の上手な年配の方たちです。


お歳暮の時期のパートタイマーとして、のし紙に筆をふるうのです。


「歳暮」とは、もともと「1年の終わり」という意味だが、いまではおもに歳末贈答品の意味でつかわれています。


昔は年越しにさいして、次のようなしきたりがありました。


年始、年神様を迎えるための供え物を、暮れのうちに親元や親せきに持参し、配ってまわったのです。


この習慣がやがて血縁にかぎらず、お世話になった人に贈り物をする「お歳暮」の習慣となっていった。


現代でもお歳暮には新巻き鮭を代表にして、正月用の食品が選ぼれることが多い。


これも古い慣習の名残といえるでしょう。
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         <pubDate>Fri, 20 Jan 2012 14:01:14 +0900</pubDate>
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         <title>十五夜のお月様と団子</title>
         <description>宮中では、平安時代の醍醐天皇の時代から、月見の宴が催されていました。


その習慣が庶民に伝わって、中秋の名月を愛でながら、ススキを生け、お団子を食べるというしきたりが生まれた。


お団子を供えるのは、お月見が収穫シーズンの儀式であり、もともと収穫祭という意味をもっていたためです。


食べ物全体のシンボルとして、月の形に似た団子を供えるようになったのです。


さて、その月見団子をめぐっては面白い言い伝えがあります。


「十五夜のお団子を盗まれると縁起がいい」などといって、せっかく供えたお団子が盗み食いされることを歓迎するのだ。


これは神様にお供えしたお団子がなくなるのは、たとえ盗み食いされたとわかっていても、お月様が食べたものとして歓迎したのです。


「十五夜の団子を盗み食いすると、子どもを授かる」というのも同じような考え方からで、丸いお月様のように、子どもを宿した妻のお腹が満月のようにふくらむことを願ったものです。
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         <pubDate>Thu, 15 Dec 2011 13:54:20 +0900</pubDate>
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         <title>ヨーロッパのシステムキッチン</title>
         <description>ヨーロッパでは、寸法も詳細もそれぞれが申し合わせてキチッと合うように作られています。


ですから、AEGでもショルテスでもボッシュでも、全ずカあものが自由に組み合わされます。


だから流しは深めのAEG、甲板はアメリカの硬質プラスチック、レンジはジーマチックが良くてゴ扉はイタリアの木目にしたい・・・と好きなモノを組み合わせることができるのです。


例、えばキッチンのカウンタートップだけを作っているアメリヵのイカふありますが、色を調べてみると不思議な分布をしています。


調べてみたらGEのココナ・ツブラウンに合わせたものとか、フィリップスのアボガドグリーンとかの他社の売れ筋に合わせてあるのです。


自分のところのオリジナルなどと馬鹿なことはいわない。


わが社のものをお使いになると、フィリップスにもGEにも合いますよ、どうぞお使いくださいといってケロッとしています。


そういうシステムなのです。

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         <pubDate>Thu, 17 Nov 2011 11:46:37 +0900</pubDate>
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         <title>レンジ</title>
         <description>レンジはハイカロリーから何から全部選べます。


流しは広いものから狭いものまで何十種類もあります。


中の引出しもありとあらゆる種類がある。


あるメーカーは扉だけをたくさん作っているとか、そういういろいろなメーカーがばらばらにそれぞれの質を持ったものを作っています。


そうすると、うちは魚が好きでウロコをこそげとるから、シンクの深さは普通は「４センチだけど、うちは１６センチにしたい。


私は洗い桶でやるのが好きだから大型にしよう、レンジは、皿洗い機は冷凍庫はと、まず自分の家の生活に合ったものをそれぞれの部品として選ぶ。


そして、それらを組み合わせるとぴたりと合うという、そういうシステムがヨーロッパのシステムキッチンなのです。
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         <pubDate>Sat, 15 Oct 2011 11:44:34 +0900</pubDate>
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         <title>キッチン</title>
         <description>キッチンを選ぶ人の好みや要望はいろいろです。


シンクは二槽だという人と、絶対シングルの大きいの、うちは魚いっぱい洗うから深いの等々と意見が分かれます。


うちはフランス料理が多くて寸胴鍋を絶えず使うので、レンジ台は低いほうがいいとか、私は中華やるからハイカロリーとか、皆それぞれ家庭の料理によって好みがあります。


それに対応するために、例えばヨーロッパではレンジメーカーから流しメーカー、引出しや棚をつくるメーカーまでそれぞれ専門メーカーがあって何種類も対応できるものを作っています。


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         <link>http://kioscodeinformacion.com/2011/09/post_48.html</link>
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         <pubDate>Wed, 14 Sep 2011 11:43:54 +0900</pubDate>
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         <title>ヨーロッパの効率の良さ</title>
         <description>台所用の金属ネットの棚だけ作っている専門メーカーがヨーロッパに数社あり、この数社以外はこれを作らない。


余分なことはしないのです。


そういう生産システムでいうと、ドイツの戦闘機が昔から有名です。


ドイツの全軍用機はたしか４種か５種の機関銃しか装備していない。


その機関銃を前提として飛行機のデザインをする。


日本でもエンジンは三菱何号とか選択肢がないわけではないが、最終的にはそれぞれの機種に合わせた装備を作る。


そのために転用性がきかなくて苦労したということでした。


これに対して良質のモノを必要なバリエーションだけ用意してそれを皆で分けて、組み合わせて使うというのがヨーロッパで、そこから生まれたのがシステムキッチンでした。
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         <link>http://kioscodeinformacion.com/2011/08/post_47.html</link>
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         <pubDate>Tue, 23 Aug 2011 11:43:15 +0900</pubDate>
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         <title>耐用年限</title>
         <description><![CDATA[耐用年限といっても、物理的機能だけでなく、社会的機能低下を招いた場合の期間が問題となります。


30年も経ていないコンクリートの建物を壊し、建て替えることがあるのも、経済効果をねらったこうした理由によるものです。


木造住宅は一般に30年として考えるが、農家など100年を経たものが、めずらしくない。


耐用年数を増す要因には、柱の太さ、部材の質などがあげられるが、それにもまして住宅と<a href="http://nuqmo.com/" target="_blank">ソファー ベッド</a>やテーブルなどのインテリアを長持ちさせるには、何よりも保守をおこたりなく行うことです。


雨漏りや壁のき裂はただちに補修し、ペンキの塗り替えも忘れることなく、点検管理を常に心がけてお』くことが大切です。

]]></description>
         <link>http://kioscodeinformacion.com/2011/07/post_52.html</link>
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         <pubDate>Tue, 26 Jul 2011 14:59:56 +0900</pubDate>
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         <title>システムという言葉</title>
         <description>日本人は、システムという言葉だけでいいように思っているではないでしょうか。


システム家具とか、システム何とか、というと何となく良く聞こえますね。


これはオリジナルはヨーロッパにあります。


ヨーロッパというのは非常に合理的な国で、昔から発注されてからしか作らないという発注生産です。


ですから、ヨーロッパで例えば家具を注文すると「分かりました、３カ月でお届けします」となります。


日本では、すぐ届かないなら買わないわといわれますから、いつでも在庫を持っていなければなりません。


ヨーロッパはそれをしません。


しかも、いろいろなものを次々と作るのではなくて、自分たちの良いと思うモノしか作らないのです。

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         <link>http://kioscodeinformacion.com/2011/07/post_46.html</link>
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         <pubDate>Sun, 10 Jul 2011 11:41:45 +0900</pubDate>
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         <title>うけい</title>
         <description><![CDATA[『上代説話事典』(大久間喜一郎・乾克己編)によると、うけい(うけひ)とは次のような意味であるといいます。


「（1）事の善悪・成否・吉凶を占う時に、神を判者に立てて、現在判断に迷っていることが、+ならこう、一ならこうと、兆をあらわし示せと予約すること、（2）それから一転して、そういう約束を立てて祈ること、また、（3）もし欲するとおりの結果を生じさせてくれたら、このようにすると誓約すること、です。


ただし、（3）は正しくは『ちかふ』であって、『うけふ』の本義は（1）であるとする」と述べています。


これだけではわかりにくいと思うので、実例をいくつかあげてみようと思います。


景行天皇が豊後の土蜘蛛を征討したときのことです。


天皇は柏峡の野に陣を敷いたが、ここに長さ六尺、幅三尺、厚さ一尺五寸の大石がありました。


天皇は「私が土蜘蛛を滅ぼすことができるのなら、この石よ、蹴ったならば柏の葉のように舞い上がれ」と言い、石を蹴った。


すると、石は言葉のとおり大空に舞い上がった(『日奎日紀』による)。


神功皇后も新羅遠征に先立って、二度もうけいを行なっています。


ちなみに、一般的な<a href="http://www.e-aine.com" target="_blank">電話占いならココ</a>ですね(=ﾟωﾟ)ﾉ


]]></description>
         <link>http://kioscodeinformacion.com/2011/06/post_51.html</link>
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         <pubDate>Tue, 14 Jun 2011 14:30:12 +0900</pubDate>
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         <title>北国のまったり旅行　４</title>
         <description>函館本線の小樽～長万部間は斜陽の区間です。


現在も本線を名乗っていますが、実態はローカル線です。


以前は函館と札幌を結ぶ特急や急行も走っていたのだが、長距離列車・優等列車は勾配が少なく所要時間も短い室蘭本線・千歳線を経由するようになっていった。


その後、千歳線は全線複線電化され、室蘭本線も長万部～苫小牧問でほとんどが複線化され輸送力もアップしました。


現在では函館と札幌を結ぶ列車の主力は完全に室蘭本線・千歳線に移り、函館本線の長万部～札幌間には特急・急行列車は1本も走っていませんでした。
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         <pubDate>Thu, 09 Jun 2011 11:08:11 +0900</pubDate>
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         <title>北国のまったり旅行　３</title>
         <description>私は、新たに小樽～東京の乗車券を別に買ってでも、小樽で下車することにしたのです。


小樽～東京間の運賃はかなりするだろうが、出直すよりはよっぽど経済的です。


小樽から東京までの乗車券は1万3180円でした。


こんなに長距離で高額な片道普通乗車券を買ったのは初めてでした。


小樽始発の函館本線下り長万部行の普通列車は8時05分発です。


3番線ホームにたった1両のディーゼルカーが停まっていました。


1番線ホームは札幌方面に向かう乗客で賑わっていて、長い編成の電車が発車していきましたが、こっちのホームは静かでした。
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         <link>http://kioscodeinformacion.com/2011/05/post_44.html</link>
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         <pubDate>Mon, 09 May 2011 11:07:54 +0900</pubDate>
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